平成28年4月1日、神奈川県内に事務所を置く弁護士が所属する弁護士会の名称が、横浜弁護士会から神奈川県弁護士会に改称されました。
同日、神奈川県弁護士会の会長に三浦修弁護士(以下「会長」)が就任し、同日夕方にホテルニューグランドの大宴会場「ペリー来航の間」にて、就任のご挨拶がありました。
会長は普段からとても気さくな方で、我々ともよく飲みに行ってくださいました。飲み会の場では我々のレベルに合わせて面白おかしい話しかしていない会長が、真面目に就任挨拶をされるということで、私としても襟を正して拝聴しました。
私の拙い記憶力では、会長が話されていた内容の全部は把握し切れていないと思いますが、概要、以下のようなことを話されていました。
1)議論できる弁護士会の伝統を守る
2)若手弁護士を支援する(とはいえいつまでも支援するわけではない)
3)女性弁護士を支援する
4)成年後見に関する仕組みを何とかする
私も一会員として、「議論できる弁護士会」に協力しなくてはいけません。ということで、若手弁護士支援、女性弁護士支援、成年後見について、私の考えを書いてみます。
【若手弁護士支援】
「若手」の定義は色々ありますが、ここでは新人からせいぜい登録3年程度までの弁護士をイメージします。会長のお話の中でも、それくらいを想定されていたかと思います。
当弁護士会には既に、チューター制度というものがあります。新規登録弁護士を班分けして、ベテラン、中堅、若手の各先輩弁護士が月1回程度勉強会を開催し、相談にも乗る、というものです(多分)。私はこの制度にはほとんど関わったことがありませんが、当事務所の弁護士は大変お世話になりました(多分)。
私自身は、この制度ができた頃は、どちらかというと「そんな制度はいらない」という考えでした。弁護士は、登録した時点で皆、独立した専門家です。自分の能力が足りないなら自分で工夫及び努力して修行すべきだし、分からないことがあっても他の弁護士に「調べても分からないので教えて頂きたい」と頼めば済む話でもあるので、わざわざ弁護士会がお仕着せの制度を作る必要はないと考えていたのです(大抵の弁護士は、後輩に頼られれば喜んで教えられることは教えます)。
ただ、最近は、考えが変わりました。知識不足から法律家としての常識が通じない弁護士が増えてくると、弁護士という資格に対する社会の信頼が崩壊しかねませんし、そういう弁護士を相手に事件処理をするのは他の弁護士にとって大きな負担となりかねません。このため、現在では「弁護士全体の利益(さらには社会全体の利益)」として、こういう制度を弁護士会で設置するのもやむを得ないと考えています。なお、こうした制度が新規登録弁護士にとって極めて有益なことには異議はありませんし、せっかく制度がある以上は最大限活用していただきたいと思います。ですので、チューターをされている先生方、陰ながら応援しております。
もっとも、若手弁護士の成長という点では、やはり、修行は自らの努力と工夫で行うべきだと思います。教える側からしても、「自分は若手なんだから指導してもらう権利がある」などと勘違いしている人には指導したくないのです。「若手だから助けてあげたい」のではなくて「良い人だし、頑張っているから助けてあげたい」のであり、そういう人に対しては頼まれなくても色々としてあげたくなるものです。(実際、先輩弁護士にそう思ってもらえれば、勉強だけでなく色々ないいことが起きると思いますよ)
たとえば、若手のための勉強会をするのであれば、メンバー集めや企画については若手自身が主体的に行い、その上で、先輩弁護士に若手から「お願い」をしてアドバイザーとして参加してもらうのが本来の姿であると思います。
また、ダイレクトな「若手支援」からは少しずれますが、新人弁護士にとっては、特定の委員会に出席して、そこの先輩達と密な関係を築くことが極めて有益です。委員会で「この先生はすごい」という先輩を見つけることで、弁護士として目指すレベルが上がっていきます。その意味では、各委員会で新人弁護士を丁寧に歓迎してサポートしていくのも良い方法かと思います(委員会の戦力にもなります)。
若手支援ということでちょっとだけ宣伝になりますが、当会には、会員有志による「刑弁塾」という刑事弁護の勉強会があります。また、少年事件については「付添人クリニック」という会があります。刑事事件・少年事件を担当する新人弁護士には、できればこの2つの勉強会に2年間くらいは継続的に出席して欲しいと思います。
あと、川崎支部では、支部研修委員会が年に4、5回、若手会員向けにかなり面白い研修会を実施しています。これも、登録数年の若手が主体の委員会だから面白いことができているのだと思います。
【女性弁護士支援】
この件は私なんかが書くと、尊敬する複数の女性弁護士から「支援なんて必要としていませんが、何か。」と怒られかねないので、少しだけ。
色々なことについて色々な支援が考えられるのでしょうけれど、「弁護士会の支援」というよりは「所属事務所の支援」の方が大切なのでしょう。弁護士は、自分(または他の弁護士)が現場に行かなくてはいけない仕事が多いですから、時間的な制約が厳しいのです。そこをクリアするためには他の弁護士の協力が不可欠で、そういう協力ができるのは原則として同じ事務所の弁護士です。このため、そういうフォロー体制を構築できる法律事務所を増やす方策を考えるべきと思います。ただ、そのために弁護士会が何をすべきかは、あまり思いつきません。
とりあえず、この点については「男は黙っていろ」とか「あんたは何も分かっていない」とか言わないで皆で率直に議論できる環境ができれば良いのではと思います。事務所内では遠慮もあってなかなか議論できないとしても、弁護士会内で一般論としての意見交換ができれば、それを各事務所の運営に反映していけるのではないでしょうか。
【成年後見に関する仕組みの整備】
弁護士会として成年後見制度に関する体制を整えることは良いことだと思います。ただ、私自身は、成年後見という仕事は今後急激に「やりがい搾取」的な仕事になっていく恐れがあると考えています。そうした問題を防止する方策も考える必要があります。
具体的にいうと、成年後見業務は非常に作業量の多い仕事です。特に、被後見人の親族との関係がうまくいっていないと、毎日無理難題のクレーム電話がかかってきたり、場合によっては脅迫をされたりと、ひどいストレスにさらされることもあります。それに対し、報酬額は一般事件に比べると低く、しかも報酬基準は低下する傾向にあります。その少ない報酬も、取りっぱぐれることが珍しくありません。たとえば被後見人の相続人が報酬の支払を拒んだ場合に、裁判までして回収しようとする弁護士は少数派です。私自身、現時点でそこまで大変な事件を抱えているわけではありませんが、過去には何件か大変なことも経験しています。
もちろん、それほど大変ではない成年後見事件も存在します(むしろ全体ではその方が多数でしょう)。しかし、弁護士という職業柄、裁判所からはどちらかというと大変な事件を振られることが多くなりがちです。今後、件数が激増して一般市民にまで成年後見を担ってもらうような時代になれば、平易な事件はそちらに回ることになり、弁護士のところには大変な事件しか回ってこない可能性もあります。
要するに、高リスク低リターンであり、その傾向が今後さらに進んでいくということです。
それでも、成年後見は社会的に必須の制度ですから、「自分がやらなくては」と引き受けざるをえない面もあります。そして、そういう「やりがい搾取」が積み重なっていくと、大変な成年後見を断らずに引き受ける弁護士(おそらくとても良い人)の人生が経済的にも精神的にも崩壊しかねません。
では弁護士会に何ができるかというと、正直、あまり思いつきません。研修であったり、質問できるメーリングリストであったりというのは、既に存在します。これ以上のことを、弁護士会が費用をかけてすべきかというと、個人的には疑問に思います。もっとも、関連委員会では色々とハイレベルな議論がなされているのかもしれません。
なお、弁護士会として、国の後見制度に対する提言をしていくことはできるのでしょう。私は、成年後見人の報酬については国が立替払いをした上で、支払義務者からは税金と同様の方法で徴収すべきと考えます。そうすることで、苦労をしたにも関わらず不当に報酬が得られないケースは皆無になります。また、税金と同様にすることで容易に差押えもでき、回収の問題もほぼ生じなくなります。金額についても裁判所が資料に基づいて決定しているわけですから、その正当性は担保されているといえるでしょう。
以上が、会長の就任挨拶を本当に襟を正して聞きながら考えたことです。緻密に練り上げた内容ではありませんので、今後、他の人と議論をすれば、極めて容易に考え方が変わるかもしれません。
今度会長と飲みに行く機会があれば、面白おかしいことだけでなく、こうした内容についてもお話しできればと思います。
弁護士 澄川 圭